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2010年04月25日

検察のサポーターと化したメディアが疑惑を煽り、・・・・検察は暴走していく

『検察が危ない』を読んで - 江川紹子ジャーナル - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース
  •  検察のサポーターと化したメディアが疑惑を煽り、国民が検察に過剰な”期待”をし、検察はその期待に煽られる。煽りが煽りを呼ぶ中、検察は暴走してい く……その構図は、今も続いている。

  • ゼネコン汚職の時に限らず、特捜事件となればメディアは大きく取り上げる。むしろ検察に先行して、疑惑を書き、疑惑を語り、世論を盛り上げる。検察を激励し、時に叱咤もしてみせる。
  •  検察を軍隊、司法記者クラブを従軍記者に喩えているのは、その根拠を読むと実に適切だと納得。このような関係があるので、検察を「正義」として賞賛する報道ばかりが溢れ、人々の”特捜信仰”がますます強くなっていく。特捜検察の問題は、メディアの問題でもあるとつくづく思う。
  •  他に本書が指摘している特捜検察の問題点で印象に残ったのは、
  • (1)起きていることは複雑なのに、事件のストーリーを単純化させる
  • (2)一人ひとりの検事が主体的にものを考えるのではなく、仕事環境がむしろ思考停止に追い込んでいく
  • (3)検察全体の問題であるにもかかわらず、不法な取り調べの問題は個人の検察官の不祥事に矮小化され、教訓が若い世代に引き継がれない
  • ――という点など。
  •  どれも、記述は具体的。筆者が検察出身だけに、その論は説得力がある。郵便不正事件の村木厚子・厚生労働省元局長の裁判を傍聴していると、一つひとつうなづいてしまう。ただ筆者は、守秘義務に抵触しないよう、そうした点に関しての具体的な記述は新聞記事や他人の著作をうまく引用するなど、工夫をこらしていて、執筆中の苦労がしのばれる。
  •  筆者は、特捜検察の捜査こそ、まず可視化をすべしと主張。私もこれに強く同意する。
  •  また筆者は、特捜部に多数の検事を常時配置している今のあり方にも疑問を呈しているが、特捜部解体も検討してみるべきではないかと考え始めている私は、この部分も大きくうなづきながら読んだ。
  •  メディアに登場する元検事は、基本的に今の検察のやっていることを肯定的に説明する人ばかりという印象だが、郷原氏のように、法律家として検察はいかにあるべきか、という視点で語ってくれる人が、ようやく現れたのだな、と思う。
  •  郷原氏の検察批判は、アンチ検察ではない。その言動の出発点には、検事という仕事への誇りと愛情がある。単に内部の事情に通じているというだけでなく、自分が長く携わった仕事への強い思いがあるからこそ、彼の著作物は多くの人の共感を呼ぶのではないだろうか。
  •  本書は、今後、検察がいかにあるべきかを、一人ひとりが考えるための材料をたくさん提供してくれている。

  •  国民が「特捜信仰」から解き放たれて、自ら考えるための一冊。とりわけ、この信仰の布教者となっているマスコミの方々には、ぜひ読んで欲しい。


posted by hirono at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 検察
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