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2009年10月29日

警察の組織ぐるみの「過失」は明白、「組織を守る側」特有の視点

■法、刑事裁判、言語を考える
■副署長の過失は十分に構成できる/警察の組織ぐるみの「過失」は明白  検察庁の説明は納得できない。副署長は警備計画策定段階から歩道橋対策の不十分さを認識し計画の見直しを指示すべき責任があったし、事故直前にも警察署内で自らモニターで現場の状況を確認し、通信などの報告の検討を通じて事故の危険を容易に予測できた。だが、これをしていない。この点こそ重大な過失である。しかも、事故の危険を察知した上で署長や現場の地域官に的確な助言をし、場合によりみずから現場の部隊に命令を出すなど事故を防止するためにとることのできた手段はいくらでもあった。雑踏事故を警察組織として防ぐべき立場にある責任者の姿勢としてなにもしなかった副署長の態度はずさん極まりない。これを過失に問えないとする検察庁の判断は不当である。 ■二度目の検察審査会、「起訴議決」への期待/市民良識が活きるとき。  今後、二度目の検察審査会が開かれて再度不起訴処分を市民が検討することとなる。11名の市民の多数が再度「起訴相当」と判断すれば、今度は「起訴議決」を行なう。この市民の判断がそのまま公訴提起と同じ効力を持つ。  検察官が長年独占してきた「公訴」の壁を市民の判断で破るときが近づいている。裁判員裁判と並ぶ市民の新しい重責を果たすことが期待される。「市民主義」時代の第2の幕開けといってよい。 ■「組織犯罪」で市民が犠牲になることは許してはならない。  2度目の検察審査会では、プロの法律家と異なる視点で過失の成否を検討してほしい。  その場合、市民が警察組織に期待するものがなにかという視点も是非加えてほしい。検察官も官僚機構の側にいる法律のプロである。このため、警察内部の権限配分や署長と副署長の間の上下関係、地域官に現場指揮を委ねたことへの配慮等など「組織を守る側」特有の視点で組織犯罪ー組織の「過失」を見る癖がついている。  しかし、市民社会が期待するのは、「組織としての警察が一丸となって雑踏警備を防ぐこと」である。これをしなかった事実がある以上、副署長の責任は重い。  当日の歩道橋の状況を写したビデオが紛失した事実も重く見るべきだ。警察官を犯人とする犯罪捜査で迅速で適切な捜査がなされたのかも考慮した上で検察庁が嫌疑不十分とした判断が妥当か検討すべきだ。
 これも参考になるお話しです。

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posted by hirono at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 警察
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